ももたろうの噺

ももたろうときびだんごのはなし

ももたろうの噺

編集者・エディトーリアルデザイナー 小野 明

 よく知られているように、日本の絵本の始まりは、中世の絵巻物にその端緒が開かれ、室町期の肉筆に奈良絵本を経て、江戸の赤本、黒本、青本、黄表紙などの木版刷りの版本に継承されていきます。この中世以来江戸期までは、識字率がそれほど高くないゆえ、絵巻・絵本は特権階級(貴族や大名など)の趣味か、庶民ならば字が読める人に「読み聞かせ」をしてもらって絵を眺める、という形が一般的だったようです。そういう中で、子ども用の絵本が江戸17世紀の中頃には出現し、「桃太郎」絵本も18世紀にはすでに出版されていました。内容も現在のものとほぼ同じ。りりしく、立派な桃太郎です。
 その桃太郎が明治期以降に変節します。いや、なにもそれは桃太郎本人の責任ではなくて、話をでっちあげた人の問題なのですが、もともと桃太郎の「善意の行ない」は様々な変形を可能にする余地があったのです。たとえば1902(明治35)年の森桂園の『鬼が島』では、桃太郎は〈鬼征伐をして、お国のために、忠義をいたしたいと、思ひます。〉と爺婆に願い出ますし、〈大日本帝国の豪傑桃太郎さま〉という呼称も出てきます。時、まさに日露戦争の直前。あるいは1929(昭和4)年の坂梨光雄の「その後の桃太郎」での桃太郎は、鬼が島で大活躍した犬・猿・雉に何の宝物も分け与えなかった、労働者を搾取する資本家の権化として描かれるし、第2次世界大戦期には、鬼畜米英を撃破すべく天皇と正義の名において桃太郎は出陣するぞ!!という絵本も出されるという具合いに、時代の情勢によって実に頑張る桃太郎が生れました。この桃太郎の変遷については鳥越信による詳細な著作が数冊あるので、参照してください。
 そしてなんといっても、現代に連なる桃太郎絵本としてつとに有名なのは、「講談社の絵本」シリーズのものでしょう。この絵本は1937(昭和12)年に刊行されましたが、内容はほぼ現在のものと変わりありません。まあ時代背景を考えると、この「正しい子」にきなくささを感じることもできますが、それはそれとして、私たちのよく知る形の絵本であります。そして、松居直・文、赤羽末吉・絵の名作『ももたろう』(この本には嫁とりがでてきます)が1965(昭和40)年に生まれると、その後は続々と桃太郎絵本が生まれていきます。中には、芥川龍之介が桃太郎をかなりのワルとして描いた文章を絵本化したものや、ビートたけしによるパロディ、あるいはのんきで愉快な後日談である『それからのおにがしま』とか、モダンに炸裂した絵が異色の絵本(湯村輝彦・絵)など、多士済々、百花繚乱、なかなかに壮観であります。桃太郎本人もうれしそうです。楽しそうです。めでたしめでたし。くれぐれも、もう、桃太郎さんを利用したりしないでくださいね、とさ。とっぴんぱらりのぷう。

小野 明氏プロフィール
1954年東京生まれ。
編集者・エディトーリアエルデザイナー。
企画・編集・デザインで350册以上の絵本・児童書づくりに参加。1994年ボローニャ国際絵本原画展会場における特別展示「90年代日本の絵本原画展」企画などを担当。絵本ワークショップ「あとさき塾」を土井章史氏と、「メリーゴーランド絵本塾」を増田喜昭氏とともに主宰し、新人絵本作家のデビューをサポートしている。
編著に「別冊太陽・100人が感動した100册の本」「別冊太陽・絵本の作家たち」(特)・(監)、五味太郎氏との共著に「絵本を読んでみる」などがある。
参考文献
■『目でみる日本昔ばなし集』 鳥越信・編 文春文庫ビジュアル版
■『柳田國男全集』8・11 ちくま文庫
■『桃太郎の運命』 鳥越信 NHKブックス
■『はじめて学ぶ日本の絵本史』(特)・(監)・(企) 鳥越信・編 ミネルヴァ書房
■『カラー版小さな絵本美術館』 鳥越信 ミネルヴァ書房
■『子ども絵本の誕生』 岡本勝 弘文堂
■『日本の昔ばなし』(特)・(監)・(企) 関敬吾・編 岩波文庫
■『昔ばなしとは何か』 小澤信夫 大和書房
■『昔話の年輪80選』 稲田浩二・編著 ちくまライブラリー
■『日本の神話と十大昔話』 楠山正雄 講談社学術文庫
■『近世子どもの絵本集江戸編』 鈴木重三・木村八重子・編 岩波書店
■『奈良絵本』上・下 工藤早弓 京都書房アーツコレクション
■『日本近代文学の起源』 柄谷行人 講談社
■『絵本』 別冊太陽 日本のこころ45 平凡社
■『ももたろう』 松居直・文/赤羽末吉・画 福音館書店
■『桃太郎』 千葉幹夫・文・構成/齋藤五百枝・画 新・講談社の絵本(火)
■『桃太郎』 芥川龍之介/寺門孝之・画 ピエブックス
■『ビートたけしのウソップ物語』 ビートたけし・文/大竹雄介ほか・絵 話の特集
■『それからのおにがしま』 川崎洋・作/国松エリカ・絵 岩崎書店
■『ももたろう』 川崎洋・文/湯村輝彦・絵 ミキハウス

桃太郎伝説 吉備の国ロマン温羅伝説

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